内藤裕二「長寿のカギは魚と大豆」
京都府立医科大学
内藤 裕二
内藤裕二氏が語る長寿の秘訣 ― なぜ日本人の健康には「魚と大豆」が欠かせないのか?
「肉を食べれば元気が出る」―そんな常識は、もはや時代遅れかもしれません。世界的な健康食の潮流は、野菜や豆類を中心とする「プラントベース食」へと大きくシフトしています。
京都府立医科大学の内藤裕二氏は、京都の高齢者を対象とした研究から、日本人の健康長寿を支える食事の秘密を解き明かそうとしています。世界の最新研究と日本の食文化を照らし合わせたときに見えてきた、私たちにとって本当に必要な栄養素とは何でしょうか。
プラントベース食の課題「タンパク質不足」は本当か?
プラントベース食や、肉・魚・卵・乳製品を一切摂らない「ビーガン」というスタイルに対して、多くの人が「タンパク質が不足して、筋肉が衰えてしまうのではないか」という懸念を抱きます。
実際に、かつてはビーガンの人々は、筋肉の合成に不可欠な分岐アミノ酸(BCAA)の血中濃度が低く、加齢に伴い心身が衰える「フレイル」や、筋肉量が減少する「サルコペニア」に陥りやすいと指摘されていました。
しかし、最近のオーストラリアの研究がこの定説を覆します。食材の摂取量だけでなく、腸でどれだけ効率よく吸収されるかまでを精密に計算した結果、「ビーガンであっても、食材をきちんと選べば分岐アミノ酸は十分に足りる」ことが明らかになったのです。
では、その重要な供給源は何か?分析の結果、それは「穀物」と「豆類」でした。植物性の食事を選ぶ上では、この2つを意識して摂取することが、筋力を維持するためのカギとなります。
日本人の長寿を支える最強のタンパク源は「魚」だった
世界の潮流がプラントベースへと向かう中、内藤氏らの研究チームは「日本人にとって最適な食事は何か」という問いを探求しています。京都で約1000人の住民を追跡調査した結果、ひとつの答えが見えてきました。
「京都のデータから見ると、日本人は無理にビーガンになる必要はありません。私たちにとって最も重要なタンパク源は『魚』なのです。」
植物性食品の利点を認めつつも、日本の食文化に根ざした魚を摂取することが、健康長寿に繋がるというのが、研究から得られた結論でした。
「大豆」の再評価 ― タンパク質と“食物繊維”の宝庫
研究はさらに、同じ地域に住みながら「元気な高齢者」と「虚弱(フレイル)な高齢者」を分ける要因の解明へと進みます。約800人の高齢者を詳細に分析したところ、決定的な違いが見つかりました。それは「食物繊維」の摂取量です。
「フレイルの人は食物繊維の摂取量が少なく、元気な人は多い。そして、その食物繊維をどこから摂っているかを調べると、『大豆』と『根菜などの野菜』だったのです。」
多くの人は大豆を「良質なタンパク源」と認識していますが、実はそれだけではありません。最新の測定技術により、大豆は極めて食物繊維が豊富な食材であることもわかってきました。タンパク質、ミネラル、ビタミン、そして食物繊維。大豆はまさにスーパーフードなのです。
しかし、残念なことに現代日本では大豆の摂取量が減少し、国内の生産量も単位面積あたりで見ると欧米の3分の1程度にとどまるという課題も抱えています。
まとめ:食べ物、腸内細菌、健康長寿の三角関係
内藤氏の研究は、「食べ物」「腸内細菌」「フレイル予防」という三者の密接な関係を明らかにしました。
食物繊維が豊富な大豆などを食べることで、腸内の善玉菌、特に健康維持に重要な「酪酸」を生み出す菌が育ちます。この腸内環境こそが、フレイルを防ぎ、健康長寿を実現するための土台となるのです。
世界的なプラントベースの流れを取り入れつつ、日本の伝統的な食生活の知恵を見直す。特に、良質なタンパク源である「魚」と、タンパク質と食物繊維の宝庫である「大豆」を積極的に食卓へ取り入れること。それが、私たちが今から実践できる、科学的根拠に基づいた長寿の秘訣と言えるでしょう。
NPO食品機能性委員会