幻のお茶・石鎚黒茶
石鎚黒茶生産グループ「さつき会」
――二段発酵が生む、日本の発酵茶文化の源流
愛媛県西条市。
西日本最高峰・石鎚山のふもとで、江戸時代からひっそりと受け継がれてきたお茶がある。
その名は石鎚黒茶(いしづちくろちゃ)。
世界でもわずか2地域でしか作られていない「乳酸菌による二段発酵茶」。
一時は消滅寸前まで追い込まれながらも、人の手によって守られ、2023年には国重要無形民俗文化財に指定された、日本の発酵文化を象徴する「幻のお茶」だ。

■ 石鎚黒茶の歴史と由来
石鎚黒茶は、石鎚山信仰が根づく西条市小松町周辺で育まれてきた伝統茶。
山の仕事に携わる人々の生活の中で、「保存がきき、体を整える飲み物」として飲まれてきた。
このお茶の最大の特徴は、
世界的にも極めて希少な、微生物の力を借りて行う「二段発酵」という、特殊な製法にある。
日本では石鎚黒茶と、高知県の碁石茶の2例しか確認されていない。
■ なぜ「幻のお茶」と呼ばれるのか
――千年の発酵文化を未来へつなぐ「さつき会」の挑戦
1996年当時、石鎚黒茶の製造者はたった一人。
後継者不足により、長い歴史をもつこのお茶は途絶えようとしていた。
その危機を救うため、最後の生産者から製法を学び、石鎚黒茶を未来へ残すことを決意した人々が立ち上げたのが、石鎚黒茶生産グループ「さつき会」である。
「さつき会」は、石鎚黒茶を“文化”として残すという想いのもと、効率化や機械化に頼らず、伝統製法を一切変えずに、代々受け継がれてきた手仕事の工程をそのまま守り続けている。

■ 国重要無形民俗文化財に指定された「二段発酵」とは
石鎚黒茶の特徴は、二段階の発酵工程にある。
- 好気発酵
蒸した茶葉を桶に詰め、山間に置くことで空気に触れさせ、
白いカビ(好気性微生物)を発生させる。 - 乳酸菌発酵
茶葉を揉み、蓋と重石をして密閉。
乳酸菌が働き、独特の酸味と旨味を生み出す。
この工程は、温度・湿度・微生物環境を含め、すべてが自然任せ。
人は介入しすぎず、自然と共に発酵を見守る。
ここに、石鎚黒茶が民俗文化財と評価された理由がある。

■ 他の日本の発酵茶との違い
日本には、石鎚黒茶と同じく国の 重要無形民俗文化財 に指定されている「発酵」を用いた希少なお茶が存在する。その3件すべてが四国のお茶だ。
- 高知県・碁石茶
石鎚黒茶と同じ二段発酵茶。
ただし、発酵後に碁石状に圧縮し、成形してから乾燥させるので、酸味がより強く、保存性に優れる。もともと流通に向くように作られている。
同じ二段発酵であっても、石鎚黒茶は「余分な加工をせず、発酵の流れを見守りながら茶葉のまま仕上げる」のに対し、碁石茶は「碁石状に固めて、保存と安定性を優先する」という製法の違いがある。
- 徳島県・阿波番茶
乳酸菌のみで発酵させる一段発酵茶。
爽やかで軽い酸味が特徴で、夏の常飲茶として親しまれてきた。
これらと比べると、石鎚黒茶は
発酵の工程が最も繊細かつ重層的で、味わいに奥行きがある。
まさに、日本の発酵茶文化の源流ともいえる存在だ。
■ 緑茶・紅茶との大きな違い
一般的な緑茶や紅茶は、茶葉の酸化を利用して作られる。
一方、石鎚黒茶は、乳酸菌という微生物の働きによって味が生まれるお茶。
そのため、一般的なお茶にはない、やさしい酸味と深いコクをもつ。
■さつき会による石鎚黒茶の製法手順
石鎚黒茶は、極めて手仕事性の高い製法によって作られる。
さつき会では、代々受け継がれてきた工程を忠実に守りながら、以下の手順で製造している。
① 茶葉の収穫(7月頃)
- 夏に硬化した在来種の茶葉を使用
- 新芽ではなく、枝ごと刈り取る
- 山の斜面での手作業が中心
👉 発酵に耐えうる、厚く成熟した茶葉が不可欠

② 茶葉の選別・洗浄
- 枝を切り揃え、不要な部分を取り除く
- 山の流水で丁寧に洗浄し、汚れや雑菌を落とす
👉 余分な菌を排し、発酵環境を整える重要工程


③ 蒸し工程
- 大釜で約1時間蒸す
- 茶葉を完全に加熱し、酵素を止める
👉 緑茶とは異なり、「発酵のための下処理」としての蒸し

④ 桶詰め(好気発酵の準備)
- 蒸した茶葉を木桶に詰める
- 山間の風通しのよい場所へ移動
👉 ここから第一段階の発酵が始まる

⑤ 好気発酵(カビ発酵)
- 空気に触れさせて静置
- 茶葉表面に白いカビが発生
👉 石鎚黒茶特有の工程
👉 発酵の成否を左右する、最も繊細な段階

⑥ 茶葉揉み
- 発酵した茶葉を手で揉みほぐす
- 水分を均一にし、次の発酵を促す
👉 茶葉に負担をかけすぎない加減が求められる

⑦ 乳酸菌発酵(嫌気発酵)
- 茶葉を再び桶に詰める
- 蓋と重石をして密閉
- 乳酸菌による第二段階の発酵を進める
👉 石鎚黒茶の酸味と旨味を決定づける工程

⑧ 天日干し
- 発酵を終えた茶葉を取り出す
- 2日ほど天日干しし、水分を飛ばす
👉 自然乾燥によって、味を穏やかに安定させる

⑨ 仕上げ・熟成
- 茶葉の形を保ったまま保管
- 約2か月以上かけて完成
- その後も熟成が進み、風味が変化する
👉 圧縮や成形を行わないのが石鎚黒茶の特徴
製法の特徴まとめ
- 二段発酵(好気+乳酸菌)
- 微生物と自然環境に委ねる工程が多い
- 機械化・短縮が困難
- 毎年味に個性が出る「生きたお茶」
さつき会の石鎚黒茶づくりは、発酵を見守り、整える仕事である。
山の気候、微生物の働き、茶葉の力を信じる。
この製法そのものが、国重要無形民俗文化財に指定された理由であり、 石鎚黒茶が“幻のお茶”と呼ばれてきた所以でもある。
■ 健康への効果・機能性
石鎚黒茶は、発酵によって生まれる成分が特徴的だ。
- 乳酸菌由来の成分による腸内環境サポート
- 発酵によるポリフェノールの変化
- カフェインが非常に少ない
古くから、「山仕事の後に飲むお茶」「体を整えるお茶」として親しまれてきたのも、この性質ゆえだろう。
■ おいしい飲み方・楽しみ方
- 食後のお茶として
酸味があるため、脂っこい食事の後にも相性が良い。 - 冷やして
夏は冷茶にすると、爽やかで飲みやすい。 - 発酵食品との組み合わせ
味噌、漬物、チーズなどとも好相性。 - お茶でご飯を炊く
お茶の色が付いたおいしいご飯が炊ける
- 使った茶葉を植木にまく
茶葉の有効利用
「お茶」というより、発酵飲料として楽しむのがおすすめだ。
石鎚黒茶は、
単なる希少茶ではない。
それは、山と人、微生物と時間が織りなす生きた文化である。
そして、その文化を未来へつなぐ存在が「さつき会」だ。
「次代を担う子どもたちがこの地元に伝わるお茶のことを知って、誇りを持ってもらえたらと願っています」と、代表の戸田さんは言う。
一杯の石鎚黒茶には、
失われかけた伝統を未来へつなごうという、人々の静かな覚悟が息づいている。
NPO食品機能性委員会